3月1日(月)
 おいおい、マジかよっ!と呆れかえった一日。でも、気がつけば3月。気分入れ替えて、妙に観念的にならず、能天気に行こう! キーワードはオープンな人間でいること。こんなくだらないことで、閉じてしまってはここ数年の努力が無駄になってしまうぞ……などなど自律に励んだ一日。
 夜、アテネ五輪最終予選vsバーレーン@テレビ。負けなくてよかった、よかったという試合で、何はともあれ勝ち点「1」。

 3月2日(火)
「GNN」と「ABC」なのである。義理と人情と浪花節、当たり前のことを、ぼーっとせずに、ちゃんとやる。うん、まったくもって同意見です、番匠1佐。もちろん、シチュエーションはさておきの話ですが。

 3月3日(水)
 夜、アテネ五輪最終予選vsレバノン@テレビ。かすっただけだったけど、田中達也のゴール。大きかったなぁ。値千金とはあの一発のこと。何はともあれ、勝ち点「3」ゲット。

 3月4日(木)
 長嶋茂雄が倒れた。どうしていいのかわからず、うろたえる。アテネの監督なんてどうでもいいから、ただただ回復を祈る。

 3月5日(金)
 毎年恒例、Jリーグプレスカンファレンス@新高輪プリンス。例年通り、色んな人に挨拶して、挨拶されて、終了。
 夜、アテネ五輪最終予選vsUAE@テレビ。いやあ、よく勝ったなぁ。奇跡に近い勝利。UAEにしてみたら信じられない敗戦。でも、結果こそがすべて。すごいじゃん、やるじゃん、変わったじゃん、日本! これで勝ち点「7」にてUAEラウンド終了。半分終わっただけだけど、ぐぐっと確率上がったな。
 それにしても前評判とは全然違ってたなぁ。スキルもテクニックも互角じゃん。「日本楽勝」なんて誰が言い出したんだ?

 3月6日(土)
 ゼロックススーパーカップ@国立。横浜も磐田もなかなか見応えあった。でも、今季は混戦の匂いがぷんぷんなんだよなぁ。
 久々に一杯飲もうかと思ったんだけど、誰もつかまらなかったので、ファミレス経由でまっすぐ帰宅。

 3月7日(日)
 原稿書きの一日。そして、開幕を目前に控えて「大丈夫なんだろうか」とあらゆる意味で不安な一日。

 3月8日(月)
 鳥インフルエンザ騒動で批判を浴びていた浅田農産の会長夫妻が自殺した。殺伐としたニュースに、殺伐とした風景が浮かび、殺伐とした声ばかりが響いてくるようで、目を閉じ、耳を塞ぎたくなる。戦後日本を生き抜いてきた経営者とその妻が夜を徹して二人で歩んだ人生を振り返り、夜明けとともにロープを手に玄関を出て、木にくくりつけ、そして夫婦で首をつった。先に宙に浮いたのは夫だったのか、妻だったのか。残されたもう一人は伴侶の死を見届けたのか。けたたましい責任追及のシュプレヒコールがいつまでも耳鳴りのように消えない。
 ナイーブな想像力で事実から目をそらしてはいけない。でも、鳥インフルエンザでは人は死なないのだ。

 3月9日(火)

 未明、長らく苦しめられてきた原稿が最終段階に差し掛かったところで、PC内部から異音が……。1ヶ月前にも同じような現象が起きていたこともあって、そのうち直るんだろうとタカをくくっていたら……。アウトだった。
 サービスセンターに電話し、近所の出張サービスを呼び、コンプマートに持ち込み、などなど試みるが、どうも結論的に「HDDが壊れてしまった」らしく。
 バックアップを取っていない不明な自分を嘆きつつ、死んだ子の年を数えるがごとく、PC内部にあったアレコレを思い浮かべる。公私含めて、ここ数年間の僕の記録と記憶はほとんどすべてこの箱の中に詰め込んであったのだった。
 が、とりあえず目の前の仕事である。というわけで、夕方、ベルマーレにPCを借りに行き、夜は色々考えるのが嫌なので、久々にうちに戻らず、意識的に思考停止状況を作り出して現実逃避。

 3月10日(水)
 早朝、起床。考えてもしょうがない、どうせ大した過去じゃない、必要な過去は未来にもきっと絡んでくるさ、人もアイデアも……などなど理論武装しながら帰宅。
 とはいえ、せっかく終わりかけだった原稿をもう一度書くのは現実的に気が重い。同じ原稿は二度と書けんしなぁ。でも、やるしかないでしょ。頑張りなさい。はい。

 3月11日(木)
 二度目の原稿が思っていた以上に増えてしまって、げんなり。救ってくれたのは、深夜何気なくつけたテレビで始まった「Beautiful Life@フジテレビ」だった。何年前のドラマかなぁ、エンディングにB'zが流れるやつ。なんか知らんけど救われた。

 3月12日(金)
 昼に就寝、夕方起床。ニュースステーションの長嶋茂雄×久米宏対談を見ながら、胸がいっぱいになる。幼い頃からの夢――いつか長嶋とキャッチボール、を想いながら。
 夜から早朝まで真壁さんに借りたPCで原稿書き。

 3月13日(土)
 朝から新しいPCのセッティングなど。今度のはデスクトップ。で、「海外出張の際はどうするんだ?」という知人からの疑問の声に対しては、「その時に考えるよ」とお馬鹿な回答を返している。「ま、何とかなるよ、所詮人生なんだから」と妙に哲学的に開き直っていたりもする。ちなみに新しいデスクトップはバイオ@ソニー。初めてクレジットカードの分割払いで購入。
 そのまま完徹で横浜国際。横浜vs浦和@Jリーグ開幕戦。浦和は楽しいサッカーしてた。サポーターは喜ぶだろうな、とも思った。かつて「暴れん坊」と呼ばれた頃のベルマーレを思い出しながら。

 3月14日(日)
 アテネ五輪最終予選、日本vsバーレーン@埼玉スタジアム。まさか…とは思ったけど、本当に負けてしまった。バーレーンは大したもんだ。日本人では勝利のためにあそこまでなりふり構わず厚顔にはなれない。今日は彼らのリアリストぶりに脱帽。

 3月15日(月)
 湘南モールのノジマでホームページビルダーを購入。このサイト再開のため。
 午後、高橋尚子が五輪代表から落選。各局特番組んでの生中継でわかる通り、どこかで予期していた事態ではあった。街の無責任な声(「がっかりだわ、Qちゃんが出ないならオリンピックなんて見ない」<どうぞ、どうぞ)はさておきつつも、4年に一度繰り返される選考については確かにそろそろ何とかせねばと僕も思う。
 要するに「選考」に関しては改善の余地ありではあるけれど、「騒動」にまで陸連が責任を持つ必要はないと思うのである。マラソンという競技の「選考」と、「えっQちゃん出られないの!」という「騒動」を一緒にしてしまうから話がややこしくなるのである。
「騒動」の方について言えば、結局この「騒動」の本質は人気選手が落選したことにあるわけで、男子マラソンの選考だって同じように(あるいはそれ以上に)不可解なんだけど、そっちの方は歯牙にもかけないことからもそのことは明白なわけで、その意味ではもしも陸連が騒動(人気投票)に左右されるようでは、その方がよっぽど問題ということになってしまう。
 でもって「選考」の方については、「選考レースを一本化しろ」というのは極めてわかりやすい正論だけど、でもそれもどうなんだろう?と僕は少々疑問だったりする。だってマラソンだもん。もしも本当に強い選手をオリンピックに出したいなら、やっぱり現行の曖昧模糊としたルールにしておいた方が無難なわけで。
 そもそも今回の選考基準も高橋を選びたいがためのルールだったとみることもできるわけで、だとすれば高橋を選びたくても選べない状況になってしまったことは陸連にとっても誤算だったわけで。いっその事、選考レースの結果なんて無視して高橋を選んでしまえば世論も納得したんだろうけど、しかし、陸連たるものスターシステムに乗っかるわけにはいかん、という彼らの矜持ゆえの結論だったのではあるまいか。
 何だかイマイチ筋が通ってないけど、色々ゴタクを並べながらも、この件についての僕の意見は明白である。そろそろ五輪至上主義を改めてはいかがでしょうか。
 だって4年に1回ですよ。アスリートにとって4年というのは、かなり長いですよ。3年間ずっとチャンピオンにいた選手だって、4年目には4歳歳をとってしまうわけで。オリンピックイヤーにピークが合致するなんて、かなりの運がなければ起こらない巡り合わせですよ。てゆーか、オリンピック、オリンピックって、イベント好きの国民性丸出しで、あんまりかっこよくないんじゃないでしょうか。ちなみにみんな知ってるのにテレビじゃ言わないけど、サッカーなんてヨーロッパじゃオリンピックに出る選手なんて二流ですよ。一流はオリンピックなんて出ないで、リーグ戦に出てますよ。
 オリンピックという一過性のイベントよりも、サーキットとかリーグ戦とかでコンスタントに結果出している選手の方がすごい! マラソンなら金メダルよりも世界最高記録保持者の方が強い! そういうことにすれば、4年に1回のオリンピックごときで大騒ぎすることもなくなって、随分風通しよくなると思うのですが、いかがでしょうか。
 無理だろうな。暴論だったかな。

 3月16日(火)
 アテネ五輪最終予選、日本vsレバノン@国立。近藤がヤッチマッタ時には「うわっ、やばっ」とさすがに思ったんだけど、心配するより先に大久保が決めてくれた。すごいじゃん、大久保。ピッチ上での所作もすっかり変わったし。東アジアの赤紙が彼を変えたのだとすれば、彼自身にとっても、日本サッカー界にとっても、お釣りが来るほど。あの動物的な運動神経は比類なき才能なのだから。
 起きたときから風邪っぽかったのだけど、試合中、帰り道と徐々に悪化。帰宅後、ベルマーレのマッチデーとサイトの原稿を書きながら、煙草はまずいし、鼻水は止まらないし、寒気はするし……。

 3月17日(水)
 完徹+風邪で、すっかり弱虫。本当に病気に弱い。情けないけど、いまさら直らない。
 昼、Bain仕切りのビジネスランチ@日比谷。ぐいと進行するつもりが、物事はそううまくは進まないもので。さて、どうなることやら。
 午後、ぺりかん社の塚本さん@新橋。最終原稿の確認。
 そういえば高橋の落選騒動について、塚本さんが面白いことを言っていた。「半数が高橋落選やむなしと答えていたことの方に僕は日本人も変わったなぁと驚きでした」。確かになぁ。半分の人が人気より結果主義だったということだもんなぁ。企業においては、能力主義とかインセンティブとか日本人に合わないとして、いまひとつ浸透しないんだけど、でもこれから先、そのあたりも変わってくるかもなぁ。観念的には十分浸透しているということだから。もちろん我が身に降りかかってくれば話は別だから、そう単純に短期間で、というわけにはいかないだろうけど。

 3月18日(木)
 アテネ五輪最終予選、日本vsUAE@国立。UAEはまったく手応えなく、日本は大久保が敏捷な猛禽類を思わせる活躍で、アテネ出場決定。僕自身はこのチームに感情移入できるほどの時間も金もかけていないのだけど、山本監督とか、スタッフとか、このチームを懸命に追っかけてきたライターたちを見ていると、少しほろっと来たりする。
 風邪だけど頑張って、山ちゃん、田中くんとシェリオン@歌舞伎町。本当によく頑張った。頑張る場所が違うのは重々承知ですけど。

 3月19日(金)
 麻原三女が大学合格をまたしても取り消されたという。神戸の連続児童殺傷「少年A」が仮出所したときの慄きにしても、パナウエーブ「白装束集団」がキャラバンしたときの拒絶反応にしても、根っこは同じなわけで、結局、そういうことなんだよね、この社会って。気をつけよ。

 3月20日(土)
 湘南vs横浜@平塚。雨、寒い、おまけにうちを出た瞬間から渋滞で、なんと平塚競技場まで2時間近くもかかってしまった。三軒茶屋に住んでいる頃は1時間弱だったのに、そりゃないんじゃないか。「今日だけだよね?」と僕。「夏になったらもっと大変だよ」と地元P。……。マジかよ。
 夕方、訃報。いかりや長介さんが亡くなったとのこと。映画「踊る大捜査線」の舞台挨拶で復帰された時のスピーチでひとしきりしゃべった後、最後に付け加えた一言、「な〜んてな」の粋でチャーミングな響きがまだ鮮明に残っているというのに。合掌。

 3月21日(日)
 テレビと原稿書きとココのリカバリー作業の一日。

 3月22日(月)
 相変わらず、風邪っぽい。大したことはないんだけど、どうもしっくり来ないというか、力入らないというか。
「週刊現代」にて国民年金CMに出演中の江角マキコ本人が保険料未払いであることが発覚。芸能界にとどまらず、広告業界にとどまらず、霞ヶ関、永田町をも巻き込んで大騒ぎになっている。彼女自身の未払い云々は、彼女の個人的なことなので、僕はまったく気にならない。そもそも彼女くらいの芸能人の場合、自ら納税手続きを行うわけでもないだろうし。要するに税理士なり、事務所なりの不手際に過ぎないわけで、彼女を責めてもしょーがない(それだけの社会保険知識を彼女を始めとした芸能人やスポーツ選手といった「芸人」たちが持っているかどうかも怪しいわけで)。無論、大人である以上、こういう事態になれば当然責は負わなければならないのだけど(政治家の「秘書が…」的に「事務所が…」といって逃げる手もあるが、体育会系出身の彼女はたぶんそういう手は使わないだろうと思われる)。
 そもそも、僕に言わせれば、あのCMに出演した時点で彼女(と彼女の周辺)の社会的センスは疑わしかったのだ。この状況下で「払っていれば絶対もらえるんだよ」なんて公的に顔出しで語れる無頓着ぶりに、CMを初見した瞬間、怒りを通り越して、呆れてしまったものである。もっと言えば(ついでにぶっちゃけて言えば)世間知らずの芸能人を使って、詐欺的宣伝を行った社会保険庁の愚かさと卑劣さに僕は憤りを感じざるを得ないのである。
 その意味では、今回の一件は彼らの愚劣かつ無能ぶりをつまびらかにしたという一点において納税者にとって有益であったとも言える。だって6億2000万円だよ。保険料が不足していることがこれだけ表沙汰になっている中、こんなCMを、こんな大金使って、こんな程度の軽薄な仕事で使ってしまうんだよ。6億2000万円あれば、J2クラブの年間予算だよ。もちろんCM料としても破格だよ(いかに代理店に搾取されているか→つまり役人がいかにいいカモか→カモでもいいけど、その金、誰の金よ?)。
 とにかく、彼らの金銭感覚がいかにトンデモナク、危機意識がいかにケイハクで、どれだけ世間知らずで能力のない社会人かということが(これまでも漠然とはわかっていたことだけど)目に見える形で明らかになったのである。これではっきりしたでしょう。ただでさえ、無理のある年金システムなのだ。おまけに運用しているのが彼らなのだ。無理でしょ。やっぱり。
 それでも「払った分より多く、絶対もらえます」と言い張るのなら、法的根拠のある誓約書を保険料納付者一人一人と結んでいただきたい。少なくとも事情のわからない芸能人に代弁させるのではなく、職員顔出しで約束していただきたい。何より、それほどまでに国民から信頼されていないことに、いい加減気づいていただきたい(この機会に付け加えておくと、公務員、あるいはそれに準じる方々と接するたびに「この人に給料払うのは嫌だなあ、この人、雇いたくないなあ」と思うことが僕は少なくない。一人一人を人間としてみれば、もちろんいい人もいるのだけど、少なくとも給料は「人柄に」ではなく、「仕事に」対して支払っているのだから、給料分の仕事はしていただきたいと思う次第である)。

 3月23日(火)
 ちょっと気になることがあったので、湘南ケーブルネットワークの水川さんに電話して、一緒に晩飯食いながら情報交換@ココス。
 夜中、原稿書き。

 3月24日(水)
 WOWOW録画で、つかこうへい作「飛龍伝」。安田講堂闘争をモチーフとした青春劇。主演は広末涼子。悪くはないし、もともと彼女のことは大好きなんだけど、彼女の魅力がもっとも発揮できるのはこのシチュエーションではないのではないかと。

 3月25日(木)
 午後、打ち合わせのため、飯田橋、中野、音羽、五反田と都内をうろうろ。最後の学研@五反田の後、小池くんに車で送ってもらって帰宅。雨が降っていたのでラッキーだった。途中、ファミレスにて雑談。色々話したけど、夫婦関係とかケジメとかについての小池くんの意見に「古き良き、そして真っ当な社会観」を感じ、和む。
 今週の「週刊文春」は先週号の「出版差し止め」を45ページにわたり展開。立花隆の緊急寄稿「これはテロ行為である」に始まり、編集部の反論検証「少誌はなぜ報じたか」、さらに識者・文化人・有名人による「私はこう考える」と続き、「編集長から」で締められている。裁判音痴の僕は知らなかったので驚いたのだが、民事保全法の仮処分はたった一人の裁判官により、わずか数時間で下すことができるらしい。つまり、事前「検閲」による「出版差し止め」の「仮処分」は、その気になればこのように簡単に実行されるのである。民事保全が緊急を要するケースにおいて有効なこのシステムが、このようなケース(言論・出版の自由の凍結)においてまでも流用されるようになれば、多くの人が懸念している通り、「誰かにとって都合の悪い言論・出版」は封殺されていくことになる。
 さて、テレビのワイドショーなどでは「プライバシー」「言論・出版の自由」のどちらが重いか――といった議論が散見されるが、僕自身はそういう話ではないと考える。「プライバシーの侵害」があったかどうかはそれとして争われるものであり、「侵害にあたるかもしれない」からといって、「言論・出版の自由」という権利を剥奪していいはずはない。
 巷間の世間話に耳を傾けていると、「言論・出版の自由」が「マスコミに与えられた特権」的なニュアンスで語られ、それへの反発として「プライバシー」重視へと傾いている部分があるように感じられるが、「言論・出版の自由」はマスコミの特権ではなく、すべての人が自由に何かを発言し、自由に何かを書き、何かを主張する権利である。集会で自分の意見を語ったり、思ったことを手紙に書いたり、ホームページに掲載したりする権利でもある(刑法・民法に照らして違法となることが除かれるのは言うまでもない)。まず、その点を確認しておきたい。
 次に前述の「誰かにとって都合の悪い言論・出版」が封殺される……の「誰か」が誰かということである。この「誰か」がすべての国民であったとしたら、ある意味公平性は保たれる。でも、もちろん世の中においてすべての人にとって都合のいいことなんてないから、「誰か」が仮処分申請すれば「差し止め」が可能になったら、言論・出版なんてものは存在しえない。みんなで「今日はいい天気ですね」みたいなつつがない言論や出版を繰り返すしかない。
 いや、そんなつまらないタテマエ論は不要だろう。「誰か」とは、国民すべてではなく、(今回のケースのように)国会議員の係累であったり、有力者なのである。それはそうである。もしも、あなたがプライバシーを侵害されそうになり、出版を差し止めようと思っても、現実的に不可能なのである。普通の人には顧問弁護士だっていないのだ。もちろん、普通の人のそんな訴えを裁判所が即日決定してくれるはずもない。今回の仮処分が下されたのも、当事者が元外務大臣と現役国会議員の娘だからであり、相手が週刊文春だったからであることは明白である。「地元のミニコミ誌に僕が周囲に知られたくないことが書かれます。明日の折り込み広告で配られます。今日中に止めてください」と僕が地裁に訴え出ることも、それが認められることもアリエナイのである(そんなことが可能になったら、それはそれで非常に問題だが)。
 つまり、そもそも「言論・出版の自由」という権利がなぜ認められているかといえば、それは権力(者)による「言論・出版の封殺」を防ぐためである。戦前の失敗を繰り返さないためである。現代的にいえば、権力をかさに巨額の賄賂を受け取った首相の罪を追求するためであり、国民の税金を無駄遣いしている特殊法人の横暴を許さないためであり、学歴を詐称して当選した議員の嘘を暴くためである。
 その意味において、今回の事例、有名人の娘の●●(週刊文春に倣う)は「言論・出版の自由」を問う記事内容とはとても言えない。当事者には申し訳ないが、戦後民主主義の根幹を揺るがす歴史的な出来事としては、あまりに瑣末なことであった(だからこそ「プライバシー」と天秤にかけるような議論も成立してしまうのだ)。
 でも、だからこそ、と言わざるをえない。そんな瑣末な、そしてありふれたネタに対して、今回の決定はあまりにも奇異なのである。突飛なのである。試しに芸能人が一斉に「仮処分」を申請してみたらいい。彼らは普段もっとエゲツない記事に晒されているのだから。もちろん、認められるはずもないのだが(繰り返しになってしまった)。
 結局のところ、今回の判断は●●した被取材者が国権の中枢にある権力者の娘だったからこそ、に他ならないのだ。そして、こんなありふれた記事でさえ、彼らの意向が働けば、出版が差し止められるのだ。だとすれば、もしも疑獄事件に発展するレベルの調査報道が出版されようとした際にはどうなるか。そう考えれば、言論弾圧への憂慮の声が高まるのは当然だろう。
 今後について。怖れなければならないのは、司法は前例主義だということだ。今回の「週刊文春事件」が判例となれば、以後も同じような決定が相次ぐ危険性がある。少なくとも「出版停止の仮処分」へのハードルは低くなる。だから、文芸春秋社には当然のことながら悪しき判例を作らないためにも、勝訴するまで戦っていただかなければならない。
 また文春社内においては出版前に記事内容がなぜ漏れたのかについても調査されなければならない。審尋以前に記事がどこからどのように申立人に漏れたのか、である。これは調査報道を行う側にとって見過ごすことのできない不祥事である。もちろん現実には編集部から始まり、広告部、印刷会社、さらには流通過程と、調査箇所は無数にあるが、漏洩への対策を講じない限り、現場の編集者や記者は浮かばれない。
 メディアでは「司法の独立」がどこまで守られているかについての検証(取材、報道)が行われることになるだろう。それぞれのメディアのカラーによって切り口は違えど、当然(もしも他メディアが週刊文春を見殺しにしなければ……。もちろん、ここで戦わないということはメディア全体の死につながるのだから見殺しにできるはずはないが)司法へのアプローチを各メディアは行うと思われる。考えられるのは言うまでもなく、「たった一人で、わずか数時間で」この歴史的な判断を下した「東京地裁判事」である。彼はどのようなバックボーンを持ち、どのような思想を持つ人物なのか。
 僕は清濁併せ呑むという意味において、「週刊誌」を是認している。だから、週刊誌が週刊誌らしい切り口で、この裁判官の人物像をあぶりだしてくれることを期待する。ここで腰抜けになるようなら、低俗なスキャンダリズムと言われても反論の余地はない。でも、そんなことはないだろう、と出版の端くれにいる者として信じてもいる(惜しむらくは、この「有事」にこそ存在感を発揮できたであろう「噂の真相」が折りも折り4月号をもって休刊したことである)。

 3月26日(金)
 永里優希@読売ランド。16歳にして日本女子代表に選ばれ、来月のアテネ五輪予選に出場予定の彼女は、いまちょっとした取材ラッシュ。スポーツ新聞、スポーツ誌などでもよく見掛けるし。今日も僕の他に「サカダイ」がインタビューに来ていたし、予選へ向けてこれからも露出は増えていきそうな気配。実力不明のまま、「オンナ平山」とか騒がれるのはやっぱり嫌そうだった。当然だけど。ちなみに彼女自身の印象は、おとなしい普通の、というか普通よりおとなしくてシャイな高校1年生、という感じだった。
 深夜「朝生」を見ながら、相当熱くなる。テーマはオウムと全共闘。「熱」の中身については割愛。
 23日の「ブルース」に続いて、昨日「長さん」が他界された。合掌。「太陽にほえろ」世代の一人として。

 3月27日(土)
 六本木ヒルズの回転ドアでの事故――しかも彼が単身赴任中のお父さんに会いに上京し、家族水入らずのときだったと知り、さらに痛ましく思う――のニュースに、そういえば最近の新しいビルで遭遇する電動式の回転ドアは、大人でもうまく乗るのが難しいよなぁと思う。汐留あたりの高層ビルで、僕も緊張気味になることがあるもの。そもそも回転ドアにする必要なんてあるのかなぁ……と考えて、今度は自分の少年時代を思い出した。福岡の僕の家の目の前に西鉄グランドホテルというのがあって、当時はとてもモダンなホテルで、その入り口に回転ドアがあったんだ。もちろん手で押すヤツだったけど、くるくる回りながらあのドアから中に入るのが僕は好きだった。ものすごく大袈裟に言うと、遊園地に行った時と似たワクワク感があったように思う。亡くなった彼も、きっとワクワクと楽しい気分だったんだろうなぁ……。

 3月28日(日)
 女子サッカーの原稿。長くもないし、難しくもないのだけど、考えすぎて迷宮にはまり込んでしまって大苦戦。

 3月29日(月)
 結局、早朝までかかって、女子サッカーの原稿を終え、そのまま前園インチョン移籍会見@渋谷。思った以上に報道陣が少なくて、ちょっと寂しい。
 会見後、サッカー批評を終えた半田さんと打ち合わせしようと、車を止めた場所に戻るが……ない。久々にレッカー移動。まったく時間もカネも気持ちも余裕がないときに限ってこれだよ。すっかり不機嫌になってしまったので、渋谷警察で交通安全協会の“準天下り”おじさんたちに悪態ついて、憂さを晴らす。車を取り戻した後、半田さんと打ち合わせ@喫茶「宮」。宮は久しぶり。サッカー協会が移転してから、近くに行く用事がなくなってしまったので。レイコちゃんに「レッカー」を愚痴ったら、アイスコーヒーを御馳走してくれた。前にもこんなことがあったような。
 帰宅後、女子サッカー原稿の直し。その後、湘南のマッチデーを書いたところで時間切れ。未明、荷造りをして出発。

 3月30日(火)
 早朝、江戸川区の達也さん宅へ。今回シンガポールで宿無しの僕は、達也さんのホテルに居候する予定になっているので、そのお礼にピックアップ。
 朝、成田空港へ。チェックインの後、しこたま朝食を食べて、機内に座るなり睡眠体制に。離陸途中で記憶がなくなって、そのまま(食事で起こされた以外)爆睡。ちなみにシンガポールエアは信じられないほどのガラガラだった。ラッキーだった。
 夕方、チャンギ空港着。さすがに熱気がすごい。かなり暑そうだ。僕は全然嫌じゃないけど。ホテルにチェックインの後(といっても僕は透明人間だけど)、すぐに前日練習の取材へ。
 ジャラン・バサール・スタジアムは噂されていた通り、ゴール裏スタンドはなく、バックスタンドも貧相だったけど、それでもイメージとはまったく違って、なかなかきれいで立派なスタジアムだった。メインスタンドなんて完全屋根付きの3階建てだし、バックスタンド下には広大なフードコートもある。僕は好きだな、これくらいのコンパクトなスタジアム。何よりサッカーが見やすいのがいい。
 練習後のミックスゾーンはやや混乱気味。今回のシンガポール戦は取材ADが日本人全体で40枚しか出なかったこともあって、僕らも協会の人たちもなんやかんやと大変だったのだ。それでも明日の試合ではADをもらえなかった記者もミックスゾーンには入れるようになったとのこと。よかった、よかった。
 スタジアムそばの中華食堂で達也さん、俊ちゃんと晩飯。僕らフリーの仲間が知り合った8年前のクアラルンプールを思い出して懐かしむ。96年3月、あのアトランタ五輪最終予選で僕たちは知り合い、仲間になり、取材や旅行やAD取得や、とにかくなんやかんやで助け合いながらやってきたのだった。当時はそうでもしないと、やっていけないくらい何もかもが大変だったのだ。あれから8年、やっぱりみんな老けたよなぁと、今朝達也さんの家で当時の写真を見ながら話したばかりだったので、余計に懐かしく思えた。
 夜もホテルに帰ってすぐに爆睡。

 3月31日(水)
 午前、ほんのちょっとプールの後、達也さん、岩澤さん、石川さんと昼飯@マクスウェル・フード・センター。石川央子さんは仙台出身でラジオのレポーターなど“しゃべり”の人。賢い感じの人で、お酒をたくさん飲みそうな女性でもあった。
 夕方、俊ちゃんと合流して、仕事前の腹ごしらえ@オーチャードのフード・コート。オーチャード通りのビジョンでは浜崎あゆみが繰り返し流れていた。
 シンガポールvs日本代表@ジャラン・バサール・スタジアム。観客6000人のうち、9割方は日本人。少し緩めの「ホーム」というムードだった。まあ日本国内でやっても最近はそんなに厳しい「ホーム」の雰囲気にはならないけど。
 試合は2対1で辛勝。後半頭に同点に追いつかれた時には、スタジアムの空気が一変、いきなりシンガポールの「ホーム」になる。1割しかいないはずのシンガポールの人たちはあの時間帯、愛国心を燃え上がらせたのだ。数分後には随分沈静化したけど。
 それにしても日本代表も、ジーコ監督もそろそろ瀬戸際。何が瀬戸際かって、サッカーファンの疑念が膨らむ一方なので。そろそろビシッとしたとこ見せないと、世論という山が一気に動きかねない。動き始めたら止められないのだから、ここ1、2戦は本当に瀬戸際だと思う。
 昨日と同じスタジアム近くの中華食堂で晩飯の後、深夜ホテルに帰宅。少しだらだらして、3時ごろ就寝。
 そういえばNHK衛星ニュースで、東京高裁が「文春出版差し止め」の「取り消し」が決定したとの報。差し止めが取り消し、ってのが見出し的にはちょっと面倒臭いけど、「妥当です」。



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2004年3月

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